20081207
久しぶりになんか書く。
自分の場合、モノを書く=思考に繋がっている部分が大きくて、例えば、何かを記憶する際も必ずメモをとるのだけど、コレは後から見返すためにとっているメモではなくて、単純に記憶を定着させるためだったりする。実際、後から見返す事は非常に希。
かれこれ半年近く(いや、もっとか?)こうやってテキストを打つ事を避けてきたのだけど、思えば、それだけの期間「思考すること」をしなかったとも解釈できる。実際、飛ぶように時間は過ぎていったし、この期間の事はあんま覚えてない。
そんなこんなで、テキスト打ちを再開したいしたい、と思っていて、ダラダラと時間が過ぎていって、今に至る。mixi日記書こうと思った時期もあったのだけど、あそこにテキストをプールするのはなんとなく勿体無くて。それに、結局のところある程度のテキスト欲なんて、Twitterで事足りるんだよな。ちょっとしない事をブログに書くべきなんだろうけど、そんな大それたことを普段から考えているわけでもなく、ちょっとしないテキストが容易に打てるほどテキスト力があるわけでもなく。
とりあえずうっすら今年について振り返る。
今年の後半はひたすらゲームに終始していた。年全体で見るとその他の事をしている割合が非常に小さくて、実際数えてみたら音楽CDなんて普段は月3万円くらい使っていたのに、今年は計3枚くらいしか買ってない。その代わりにお金と時間はゲームに費やされていて、プレステ3も買ったし、一週間でパタポン1クリアしたし、今パタポン2を絶賛プレイ中。当面この熱は収まる気配は無いけど、飽き症なので、気がついたら全く別の事をしている可能性が高い。ほんといつまで続くんだろう。
年末はパタポン2とソニック、もしかしたら白騎士、あたりで越すんじゃないかなと考えてる。
あと、「自分が思考している事については何でもできる」=「自分が思考していない事については何もできない」という事に気づいてから、積極的に自分の支配範囲外に手を出さなくてはと思って、他者に関わるようにしていたのも、今年の後半の着目点。でもまだ具体的な何かは見えないかなー。もうちょっと続けるか、アプローチを変えるかしないと、大きな効果は見込めなさそう。
本を読めなくなった。多分、飽き性が加速している所為だと思う。途中まですごい勢いで読むのだけど、その勢いで別の本にいってしまう。折角「天の光はすべて星」をマーケットプレイスで買ったのに、積んでる。西尾維新も途中で止まってるな。漫画だけはアンストッパブルで、またいくつか読んでみたい漫画がamazonの欲しいものリストに溜まってきたから、がっつり買って読んでみようと思う。
飽き性はどこから来ているんだろう、と考えるんだけど、考え始めるとあまりよろしくないところにいきそうなので、途中でやめる。まあ、絶対的な時間が足らない以上、飽き性にならざるを得ないわけで。
いとこ(女)がまた仕事を辞めて無職中という話を聞いて、遠いけれど、血が繋がっているのだなあと実感する。ぼくらはどこに行くんでしょうね。今度会って話をしなければ。いとこ(男)は元気かな。



